「 里親探し 」










  僕と妻が出会ったのは、ほんの偶然の事からだった。

  当時、僕はフリーランスのライターとして独立したばかりの頃だった。大学を卒業してすぐに大手の出版社に就職した僕は、その会社の中で文芸誌や雑誌等、幾つかの部署を転々としながらも、僕は僕なりに仕事に対してのやりがいも面白みも感じていた。
  しかしバブルがはじけ暫くすると、それは出版業界にも影響を与え始め、本作りもとにかくマーケティングと広告営業ばかりが主体となった、あまりにもみじめで文化の欠片も感じられないような超営利的な仕事へと変わっていった。それも時代の流れと言えばそれまでだが、僕はその会社の中に自分自身の存在理由を見出せなくなっていった。

  僕は間もなく仕事を辞め、一人、放浪の旅に出る事にした。そして一年ほど世界を放浪し、金も尽きてきた頃、僕は日本に帰国して以前の人脈を頼りに少しずつ仕事を貰いながら、生計を立てて過ごしている、という具合だった。

  一方、妻の方はと言えば、業界でも五本の指に入る大手建設会社の環境技術開発部門に所属する会社員で、普段は水質改善だとか土壌検査だとかに関わっていて、それこそ日本中の現場を飛び回っている技術士だった。

  しかし僕は、彼女の仕事内容について何度話を聞いても、あまりきちんと理解する事が出来なかった。  

  その時僕が三十四歳で妻は二十七歳だった。

  それは、吹く風も冷たく今にも雪が降り出しそうな肌寒いある日の夜、僕が珍しく友人とお酒を飲みに行ったその帰り道、家の近くの公園で僕と妻は出会った。
  彼女は公園のすべり台の下で何かを抱えるようにしてうずくまっていた。普段の僕だったら、多分そのまま通り過ぎていたと思う。しかしその日はお酒も入っていてご機嫌だったのだろう、僕は彼女に声を掛けていた。

  「どうしたんですか?大丈夫ですか?」すると彼女は僕の方を振り向いて、
  「仔猫が捨てられていたんです。此処に」と言って僕にダンボール箱の中で小さくうずくまっている仔猫を僕の方に差し出した。

  僕は彼女に近付いてダンボール箱の中の仔猫を覗き見ると、
  「本当だ。こんなに小さいのに」と言った。
  「こんなに小さいのに、、、」と彼女は繰り返した。
  「私、どうしたら良いのか分からなくて。このまま放置して帰る事も出来ないし、かといって私のアパートはペット禁止で連れて帰るわけにもいかないし。でもこんなに痩せてて、それに震えてるし、どうしよう、、、」
  「分かった。今夜は僕のアパートに連れて帰ってあげるよ。でも僕の所もペット禁止だから僕も飼う事は出来ない。明日にでもこの辺の電信柱に張り紙でもして、この子の里親を探してみるよ。君も周りの人に聞いてみるといい。誰か仔猫、欲しくないですか?って」
  「本当ですか?本当に良いんですか?」
  「うん、これも何かの縁だし、僕も猫は嫌いじゃないからね」
  「すみません。本当にすみません。ありがとうございます。そうしていただけると助かります。これで私も安心して帰れます。本当にありがとうございます」そう言って、彼女は何度も頭を下げた。

  「良いんだよ、君が謝る事じゃない。はい、これ、僕のケータイの番号、もし仔猫の事が心配だったら電話してくれば良い」と言ってメモ用紙に自分の携帯電話の番号を書いて彼女に手渡した。

  「はい、ありがとうございます。多分連絡すると思います」
  「うん、じゃあ僕はこれで帰るから、君も早く帰りな、気を付けてね」そう言って僕は彼女から猫の入ったダンボール箱を受け取ると、そこで彼女とお別れした。彼女は何度も僕の方を振り返っては頭を下げていた。僕もその度に手を振って返した。

  一人になると僕は、( 僕は何をやっているんだろう、酔った勢いで女の子に声を掛けて、結局仔猫の里親探しをする事になってしまった。つい、女の子の前でカッコつけてしまったのだ。 やれやれ )とブツブツ独り言を言いながら、家に帰った。

  次の日、僕は早速仔猫の写真を撮って、『  WANTED !!  仔猫飼いませんか? 』という張り紙を作り、近所中の電信柱に貼って廻った。知り合いにも何件か声を掛けてみた。
  しかし、そう簡単に貰ってくれる人が見つかるはずも無く、一週間が過ぎた。
  公園の彼女からは毎日のように電話が掛かってきた。

  「どうですか?誰か貰ってくれる人、見つかりましたか?」と彼女は僕に聞いた。
  「いや、今日も駄目みたいだ」と僕は答えた。
  「すみません、あなたにまで迷惑かけてしまって。本当にすみません」
  「いや、良いんだよ。僕が自分から言った事なんだから。ちゃんと最後まで僕が責任持つから、君は心配しなくて良いよ」と、僕はまたカッコつけて言ってしまった。

  「ありがとう。でも本当に早く里親が見つかってほしいですね」
  「うん、そうだね。誰か見つかったら君にもちゃんと連絡するよ」
  「はい、お願いします。でも迷惑じゃなかったら私からも連絡します」
  「大丈夫、全然迷惑じゃないよ」
  「ありがとう。じゃあ、また」そう言って彼女は電話を切った。

  ( ふうむ、やっぱり里親って簡単には見つからないもんだね )とブツブツ
  独り言を言っていると、突然目の前の電話が鳴った。

  「あの、私、電信柱に貼ってあった張り紙を見て電話を掛けさせて頂いたのですが」
  「ああ、もしかして仔猫を欲しい人ですか?」
  「はい、そちらさえよろしければ、一度仔猫ちゃんを見せて頂きたいのですが?」
  「はい、もちろんどうぞ。僕は普段、家で仕事をしているのでそちらの都合のいい日を言って頂ければ、僕の方で合わせますから。いつがご都合よろしいですか?」
  「ありがとうございます。では、今週の土曜日はいかがでしょうか?」
  「はい、大丈夫です。僕の方は全然構いません。どうせ、いつも暇ですから」
  「では、午後の三時頃でも構いませんか?」
  「はい、結構ですよ」
  「では、今週土曜日の午後三時頃にそちらに伺うという事で構いませんか?」
  「はい、そうしましょう。では、土曜日の午後三時にお待ちしております」と僕は自宅の住所と道順を説明してから受話器を置いた。そしてすぐに公園の彼女に電話した。

  「ねえ、仔猫の里親になってくれそうな人が見つかりそうだ」と僕は言った。
  「えっ、本当?どんな人?」
  「うん、声の感じからすると品の良さそうな五、六十代のミセスってところかな。とても良い人そうな感じだったよ」
  「ねえ、その人が来る時、私も行ってもいいかな?」
  「ああ、もちろん構わないよ。元々君が見つけた仔猫なんだし」
  「ありがとう」
  僕は彼女にも自宅の住所と道順を説明し、土曜日の午後二時半に僕の家で会う事にして電話を切った。

  約束の当日、彼女は時間通りに僕の家に現れた。そしてその三十分後、感じの良い六十代位の仲の良さそうな夫婦が僕の家を訪ねて来た。夫婦は仔猫を見ると、すぐにとても気に入った様子で、
  「まあ、可愛いわねえ」と言ってから、
  「私達、本当はもう動物は飼わないつもりでしたの。でも、電信柱の張り紙を見たらどうしても我慢できなくなって電話してしまいましたの。この仔、本当に頂いていって構わないんですか?」婦人は僕と彼女の方を向いて尋ねた。僕と彼女は目を見合わせてから、
  「はい、僕達も貰っていただけると、とても助かります。僕達のアパートでは、本当は動物を飼ってはいけない事になっているんです」と僕が答えた。
  「それではこの仔、本当に頂いていきますね?大切にいたしますから」
  「はい、よろしくお願いします」
  「あ、そうそう、この仔の名前まだ聞いてなかったわ。なんていうのかしら」
  「いえ、名前はまだ付けていないんです。貰ってくれる人が付けた方が良いと思って。だから僕は『ねこ』って呼んでました」
  「まあ、それでは、うちでも『ねこちゃん』にしようかしら。ほほほ」そう笑って言うと、その老夫婦は仔猫を抱えて帰っていった。

  僕と彼女はひとまず、ビールで乾杯をすることにした。

  「ねえ、良かったわね。とても良さそうな人達で」
  「うん、そうだね。これで僕もほっとしたよ」
  「ねえ、本当にありがとう。私、本当にあなたには感謝しているのよ。だって私、本当にあの時困っていたのよ。どうしたらいいか分からなくて途方に暮れていたの。そしたらあなたが現れて。初めはただの酔っ払いのナンパかと思ったわ。でも親切な人で良かった。あの時もし、私があのまま仔猫を置いて帰っていたとしたら、私多分、ずっと後悔してたと思う。でも、どうしてもアパートに連れて帰る訳にはいかなかったし、、、」
  「うん、別に良いんだよ。あの時の僕は、本当にただの酔っ払いのナンパだったんだから。それがいきがかり上、仔猫の里親を探す事になっただけなんだから。それに僕が飼えた訳じゃ無いしね」
  「ううん、こういうのって誰にでも出来る事じゃ無いの。私、知ってる。皆、
普段いい事言ってる人に限って、肝心な時にはちっとも役に立たないの。そういう人、私たくさん知ってる」
  「うん、そういう人達の事は僕もよく知っているよ」
  「ねえ、あの仔猫の事、本当に『ねこ』って呼んでいたの?」
  「うん、本当だよ」
  「あなたって、変わった人ね」

  その日、僕達はひとつのベッドに入った。
それはとても自然な事のように思われた。 少なくとも僕にとっては。
そしてそれ以来彼女は、仕事で全国に出張に出掛ける度に、各地の名産品を持っ
て僕の家に遊びに来るようになった。 

  それから僕達が結婚するのに、たいして時間を必要とはしなかった。