「 完璧な一日 」










  僕はどうやら、一つの物事について一人でいつまでも深く考え込むところがある。

  テーマは特に何でもいいのだ。
  とにかくその時に気になった事について、あーでもないこーでもない、といつまでも考えている事自体が好きなのだ。それは、「うなぎパイ」についてだったり、「男女のセックス」についてだったり、時には「kinki kids」についてだったりする。要するに本当に何でもいいのだ。
  そしてそれは、自分なりの結論が出るまで延々と続く。まあ、その事自体は問題ないのだが、僕は考え事をしている最中に、どうも独り言をブツブツと言っているらしい。
  それが妻にとっては非常にうっとうしいらしく、いつも
  「もう、ブツブツとうるさいわねえ、考え事するんなら静かにやって頂戴」と怒られる。しかし当の本人は独り言を言っている自覚が無いので止めようがないのだ。だから、そういう時は外に散歩に出掛ける事にしている。

  だけど本当は妻にだって良くない所はあるのだ。
  それは、彼女はどうも年甲斐もなく「kinki kids」の大ファンらしく、僕に内緒でCDを全て買い揃え、しかもそれぞれのソロアルバムまで完璧にコンプリートしているのだ。そこまでは、まあいい。しかしそればかりか、「今日は会議で遅くなる」とか「仕事で出張に行く」だとか言って、本当はこっそりkinki kidsのコンサートに行っている事があるのは、どうかと思う。
  だけど僕はそんな事実を知りながらも、その事で妻に文句など言った事も無い。ただ、妻に聞こえないようにちょっとブツブツと文句を言うだけだ。そしてそれが夫婦円満のコツであることを大人の僕は知っている。 ( 僕は優しいのだ ) ブツブツ。

  しかし、それにしても今日は本当に良い天気である。洗濯のし甲斐があるというものだ。口うるさい妻は仕事に出掛けたし、僕のやるべき仕事は昨夜のうちに全て済ませてしまった。今日一日、僕は全くのフリーである。この気持ちの良い一日は、仕事を頑張った僕への神様の贈り物に違いない。

  僕はこれから洗濯をして、妻のブラウスにアイロンをかけ、掃除をし、妻の為にアップルパイを焼くのだ。そう、今日は二人が結婚して丸三年になる。だから、僕は妻が帰ってくるまでに夕食も作っておこう。
  生ハムのカルパッチョにアボガドとズッキーニとズワイガニのサラダ、それに新鮮なオリーブオイルを使い、黒コショウをピリッと利かせたペペロンチーニ。そしてデザートにはアップルパイ。
  うーん、我ながら完璧である。あとは、代々木上原のルバンに行ってカリッカリのフランスパンも買っておこう。そう、僕は優しいのである。考え事をする時にブツブツと独り言を言う癖はあるにせよ、基本的に人には優しいのだ。

  僕は洗濯を済まし、妻のブラウスにアイロンをかけ、掃除をし、スーパーに買い出しに出掛けた。そして夕食とアップルパイの為の食材を調達し、適当な白ワインを選び、それからルバンに行ってフランスパンを買った。そうだ、ついでにチャームナップ・ミニも買っておこう。妻がいつ生理になってもいいように。

  それだけの買い物を済ませると、僕はいつもの蕎麦屋に行ってもりそばを食べて家に帰った。

  家に着くと早速、アップルパイ作りに掛かり、それから夕食の下ごしらえをすると、僕はソファに横になり、アップルパイをオーブンで焼いている間、スガシカオのアルバムを聞きながら、読みかけの読書をした。

  陽も暮れかかる頃アップルパイが焼きあがり、僕はそれを皿に移し変えると、パスタ以外の夕食作りに掛かった。そこまで終えると、すでに時計の針は午後八時を指していた。
  そろそろ妻が帰ってくるだろう。 

  「そうだ!お風呂も入れておいてあげよう。先にお風呂に入るかもしれない」
  僕は浴室に行き、浴槽にお湯を入れた。

  「パーフェクトだ!」

  アップルパイも美味しく焼けたし、夕食もすぐに食べられる。ワインもキリッと冷えてる。お風呂にだってすぐにでも入れる。結婚三周年の記念日だ。今日は一日、素晴らしく上手くいってる。今日位は妻に怒られる事もなく、穏やかな結婚記念日を過ごせる事だろう。妻だって、きっと喜んでくれる。もしかしたら頭だって撫でてくれるかもしれない。 ゴロゴロ。 とにかく、もういつ妻が帰ってきてもOKだ。

  僕は、一人でニヤニヤしながら妻の帰りを待った。どの位経っただろう、僕がソファで少しうとうとしていると、玄関の方から妻の、
  「ただいまぁ、ああ、疲れた。ねえ夕食、食べたぁ?」という声が聞こえてきた。僕は、はっとソファから飛び起き、妻を出迎えた。

  「おかえり、今日は一緒に夕食、食べようと思って待ってたんだ。お腹減ったろう?」
  「もう、ペコペコ。あれ、なあに?今日何かあったっけ?こんなにきちんとした夕食作ってどうしたの?」
  「やだなあ、今日は僕達の結婚記念日じゃないか。三度目の」
  「あら、そうだったわね、あなたえらいじゃない。よくちゃんと覚えてたわね。私なんてすっかり忘れてたわよ。でも良かった、ゴハン食べてこなくて」
  「夕食先に食べる?それともお風呂先に入る?」

  大人の僕は、妻が結婚記念日を忘れていた事も黙ってやり過ごす。たぶんこれが逆だったらきっと、妻は激怒している事だろう。

  「先にお風呂、入っちゃおうかな。なあに?お風呂の準備も出来てるの?素晴らしいわね。いつもこうだと素敵なんだけど」そう言って、妻は浴室の方に出て行った。

  僕にだって仕事があるのだ。いつもという訳にはいかない。しかし、それにしても今日の僕は本当に完璧である。一日のうちで一度も妻に怒られない日なんて滅多に無い。やはり今日は、いつも良い子に過ごしている僕に、神様がプレゼントしてくれた、一年のうち滅多に無い穏やかな一日なのだ。

  「ねえ!!」浴室の方から、妻が突然大声を出した。

  一体、何だ?今日の僕は完璧なはずだ。この間終わったばかりだというのに、ちゃんと生理用ナプキンまで買ってあるというのに。

  「お風呂のお湯が出しっぱなしで溢れてるじゃない!もう、信じられない!本当に気が利かないんだから!!」  
  やれやれ、完璧な一日など、そうそう存在しないのだ。